台湾で最も敬愛される日本人・八田興一(6)
李登輝・蔡焜燦両氏の八田礼賛
『台湾人と日本精神 ― 日本人よ胸を張りなさい』 (小学館文庫) を著した蔡焜燦氏はこうのべている。
「嘉南平野の人々はこの地のために生涯を捧げてくれた夫妻の死を悲しみ、 戦争が終った翌年の十二月十五日、 地元の人々によって八田與一と外代樹夫人の墓が建立された。
私は日本からの訪問客をこの地に案内するとき、 しみじみ思うことがある。 それは、 もし日本の統治がなかったらこんな立派なダムもなく、 おそらく台湾は中国の海南島のような貧しい島になっていただろうということだ。 これは単なる私個人の推量ではなく、 その後の中国人による台湾支配を経験した多くの台湾人が確信していることでもある」
元台湾総統李登輝氏はこう語る。
「八田氏は技術者として優れていたばかりでなく、 人間としても優れていました。 台湾人だから労働者だからといって、 肩書きや民族の違いによって差別しなかった。 例えば嘉南大圳の完成までに百三十四人もの人が犠牲になりました。 その殉工碑には犠牲者の名前が台湾人、 日本人の区別なく刻まれています。
また関東大震災の影響で予算が大幅に削られ、 従業員を退職させる必要に迫られました。 そのとき 『優秀な者を退職させると工事に支障が出るので退職させないでほしい』 という幹部に対し八田氏は、 『大きな工事では優秀な少数の者より平凡な多数の者が仕事をなす。 優秀な者は再就職できるがそうでない者は失業してしまい、 生活できなくなるではないか』 といって、 優秀な者から解雇しました。 この優れた人間性は八田氏の天性といえるかもしれませんが、 氏を育んだ日本という国でなければこのような精神はなかったと思います」
「八田氏夫妻が今でも台湾の人々によって尊敬され大事にされている理由に、 義を重んじ誠をもって率先垂範、 実践躬行する日本精神が脈々と存在しているからです。 日本精神の良さは口先だけじゃなくて実際に行う、 真心をもって行うというところにこそあるのだということを忘れてはなりません。 『公に奉ずる』 精神こそが、 日本および日本人本来の精神的価値観であると言わなければなりません」
台湾に残した八田與一の事業と精神がいかに不減の価値を有しているか、 両氏の言葉に明かであろう。 八田興一・外代樹夫妻は生涯を捧げた台湾、 烏山頭の地に骨を埋め魂魄を留めた。 二人は明石元二郎第七代総督とともに永遠に台湾の守り神となったのである。
〈初出・『明日への選択』 平成二十四年九月号~十一月号/一部加筆・修正〉