「失われた30年」――1990年代から2010年代の日本経済が〝停滞〟し続けたことを評した言葉だが、そんな悲観論を真っ向から否定するアメリカ人経済学者がいる。日本の企業研究が専門のウリケ・シェーデという米カリフォルニア大学サンディエゴ校の教授である。去年、『シン・日本の経営―悲観バイアスを排す』(日経BP)を書いて話題になったが、最新の『文藝春秋』六月号にも興味深い文章を寄せている。少しだけ紹介したい。
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日本のGDPは既にドイツに抜かれ世界三位。また、日本経済は「遅れている」「変化のスピードが遅い」などと言われて久しい。
シェーデ教授はそういう「日本はダメ」論は「米国で経済学を勉強した日本人が『アメリカ人目線』でつくった物語」と論断する。日本が「遅れている」と言うのは「シリコンバレーと比較してそう言うのですが、リンゴとオレンジを比較して優劣を決めるようなもの」で、それぞれの国の「文化の選択」の問題で、日本はスピードよりも安定を選択したのだと言う。
では、日本の強みは何か。ハーバード大学の研究機関が使う「経済複雑性ランキング」という指標を適用すれば分かると教授は言う。
このランキングは、一つは輸出品の「経済複雑性」と「多様性」、もう一つはどれだけ多くの国がその製品を作れるかという「製品」の「偏在性」という指標に基づく。シャツのような単純な製品はどこの国でも生産可能で複雑性は低いが、高度な機械や素材は複雑性が高く、生産できる国は限られる。つまり、「『経済複雑性の高い』国とは、それだけ高度で専門的な技術や人材が豊富で、非常に複雑かつ希少で他の追随を許さない製品を生産できること」を示しているという。
そのランキングの1995年から2020年のランキングの推移を見ると、「米国は、9位から12位に後退しています。他方、韓国は21位から4位に急上昇し、中国も、46位から17位に上昇……しています。/最も驚くべきなのは、日本はこの間、ずっと1位だったことです」と指摘する。日本は「失われた30年」においても、中国や韓国だけでなく米国すら上回る「経済複雑性の高い」国だったというのである。
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なぜか。教授はもう一つのデータを示す。新エネルギー・産業技術総合開発機構が行った自動車や医療機器など「最終製品」812品目と、半導体など「キーテクノロジー製品」282品目の品目別の日本企業の市場シェアの調査によると、2020年と2021年に日本がシェア100%の製品が58品目あり、シェア90%以上では94品目、75%以上は162品目もあった。
例えば、先端化学品の分野では三菱化学、三菱マテリアル、三井化学、AGC(旧旭硝子)、旭化成等々の日本企業が完全に世界市場をリードしている。そのほか鉄鋼部門、精密機器やロボット分野、医薬品分野の具体的企業名をあげて世界市場をリードしていると教授は指摘する。
「国際比較をすると、中国は75%以上のシェアを支配している品目はわずかです。台湾は60%以上を支配している品目はありません。韓国も、有機ELディスプレイ(世界市場の98%)を除けば、そうした品目はありません」。
かつてパソコンにはインテル製半導体を使っているという広告文句として「インテル・インサイド」のシールが貼られていたが、今では「自動車から、飛行機、携帯電話、パソコン、電動歯ブラシまで、ほぼすべての製品が『ジャパン・インサイド』なのです。『ジャパン・インサイド』の表示を見かけることはありませんが、製品の品質向上のために欠かせない日本製の原材料や部品が用いられているのです」。
そこからは中国や韓国ばかりか米国すら追随できない日本の強みが見えてくる。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)
〈『明日への選択』令和7年6月号〉