トランプ関税で大騒ぎの国会だが、サイバー攻撃を未然に防ぐ、いわゆるサイバー法案が野党の維新、国民だけでなく立民も賛成して可決され、今国会での成立が確実となった。
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サイバー攻撃は年々深刻化し、関連する通信数は日本国内の各IPアドレス(インターネットに接続可能な機器の識別番号)には13秒に一回の攻撃が試みられているという。実際の被害も、ここ数年だけで名古屋港や大阪急性期医療センターの業務停止、日本航空や三菱UFJ銀行のシステム障害、JAXAへの侵入等々が起こっている。
こうしたなか、この法案は指定された基幹インフラ(電気、水道、金融、航空、鉄道など十五業種)にはサイバー攻撃やインシデント(事故以前の異常)の報告を義務付け、通信業者からは通信情報の提供がなされることが規定された。
そうした官民協力の上に立って、サイバー攻撃の攻撃元サーバーの無害化を可能とする「能動的サイバー防御」を規定していることがこの法案の目玉とも言える。これまではサイバー攻撃に対して防御するだけだったが、この法案によって攻撃側を無害化することが可能となる。防衛政策で言えば「専守防衛」からの大転換に当たる画期的な法案と言える。
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この法案では日常的に民間から通信情報を取得・分析するが、早速朝日新聞などは、そうした通信情報の取得は憲法の保障する「通信の秘密」に抵触するおそれがあると主張している。しかし、サイバー攻撃察知のために必要なのはメール本文などの通信内容でなく、IPアドレスやコマンド(指令情報)などの機械的情報だけというのがサイバー対策の常識である。
また、「能動的サイバー防御」は日本側が外国にある攻撃元のサーバーに入り込み、プログラムの停止などを行うが、外国の主権侵害にあたるのではないかともいうが、既存の国際法がサイバー攻撃にも適用されることは国連総会で承認されており、国際法上の問題は起こらない。
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この法案は三年前の国家安全保障戦略の「(サイバー対処能力を)欧米主要国と同等以上に向上させる」に基づくものだが、とは言え、「欧米主要国と同等以上」には程遠いのが現実と言える。
サイバー攻撃の兆候があれば、まず警察がこの法案で新設される「サイバー通信情報監理委員会」の事前承認を得て無害化を行う。「特に高度に組織的かつ計画的な行為」については国家公安委員会の同意などを条件に、首相が自衛隊に無害化を命じることとなっているが、サイバー攻撃の対処には数分・数十分単位の情報収集と共有が必須であり、管理委員会や国家公安委員会の同意を求める暇があるとは思えない。
また、常時監視するのは日本を通過する外国・外国間や外国・国内間の通信に限定され、国内の通信は除外されている。既に中国の元留学生が国内のレンタルサーバーを使って中国のハッカー集団のサイト攻撃に悪用させた事件が起こっている。中国企業のデータセンターも国内に作られている。国内通信抜きの監視ではカバーしきれない。
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さらに言えば、この法案が「欧米主要国」に及ばない最大の理由がある。
サイバー攻撃で最も危険なのは武力発動と同時に仕掛けられた場合である。実際、ロシアはウクライナ侵攻にあたってATP(持続標的型)攻撃を数カ月かけて準備し、武力攻撃と同時にサイバー攻撃を仕掛けてきた。「欧米主要国」はそうした有事を前提としているが、この法案の「能動的防御」は警察権として位置づけられ(政府答弁)、平時が前提となっている。有事となれば能動的防御は自衛権行使となるはずだが、国会ではそんな論議は見当たらなかった。画期的であるだけにさらなるブラッシュアップを望みたい。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)
〈『明日への選択』令和7年5月号〉